発行:Funahasi.Com & 北海道経済産業新聞運営委員会
Last UP Date:2014-06-29
Interview・永田晴紀氏・北海道大学工学研究科機械科学専攻宇宙環境工学助教授/2005-01-01
集積された人材活かし
CAMUIで「産業集積」目指す
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 1985年に道が打ち出した「航空宇宙産業基地構想」。何の実績もなく、構想は瓦解したかに見えたが、その裏面では人材の集約が着実に進められていた。宇宙科学研究所の所長を務めたNPO北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)の秋葉遼二郎理事長(道工大教授に招聘)や、同じく宇宙科学研究所から道工大に赴任した佐鳥新助教授らとともに、北大工学部助教授の永田晴紀氏も、96年に開設された宇宙工学研究室に日産の宇宙開発部門より招聘された1人だ。
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 ――ハイブリッド・ロケット・エンジンを開発されていると伺いましたが、どんな特徴をもっていますか。
 永田 CAMUI式エンジンですね。正式名称は縦列多段衝突噴流(CAscaded MUltistage Impinging-jet)式ハイブリッド・ロケット・エンジンと言いますが、推進剤に樹脂、酸化剤に液体酸素を使い、固体ロケット並みの推進力を得ているのが最大の特徴です。もともとハイブリッド・ロケットの世界では、樹脂と液体酸素の組み合わせがよく使われていましたが、これをどれだけ素早く燃やし尽くせるか、つまり加熱速度をどうやって高めるかが、推進力を上げる最大のポイントとなっていました。
 私が考えたのは、火炎を樹脂と平行に当てるのではなく、垂直に当てること。板を燃やすのに、横から炎を当てる意味はないですよね。普通は面と直角に炎を当てると思います。それと同じことです。
 ――発想を持たれたのはいつ頃ですか。
 永田 私が北大に着任してから2年後の1998年頃に、ふと思い着きました。1番最初に造ったのは、推進剤の直径20mm×3個、ノズルスロート内径が5mmの実験模型で、推力2~3kgfを出したんです。それで、「これはいける」ということになりまして、徐々に研究開発を進めていったんです。2001年から打ち上げ実験に使っているエンジンが推力50kgf、現在スケールアップのためにテスト中のものが推力60kgfです。すでに基礎技術は確立した状態です。
 ――最終的には、どの程度の大きさまで造りますか。
 永田 推力でいけば、成層圏まで到達するロケットで400kgf~600kgf、無重力実験用には1tfでもやや不足で、2tf級ぐらいまで視野に入れなければなりません。この手のエンジンは、スケールを2倍にすると推力が4倍、燃焼時間が2倍になり、トータルの能力が8倍になるんです。1tf級のエンジンでは、直径が約250mmほどになると思います。
 ――単純なスケールアップで、そこまで行くんですか。
 永田 基本的にはそうです。ただ、樹脂が燃焼していくと薄くなりますよね。そのとき、割れてノズルに詰まったりといった機械的な限界はあると思うんです。最適な形状を決め込んでいくため、現段階では少しずつスケールアップしています。
 ――そもそも、なぜロケットを開発しようと。
 永田 いままでの宇宙開発は、限られた人たちにしか門戸を開かれていないと思われてきました。その理由は、ロケットの打ち上げ費用の高さ。そもそも、ロケットというものは、研究者にとってはクロマトグラフィや試験管のような実験装置に過ぎないんです。1本数千万円、数億円の試験管では不可能だった実験が、1本数百万円のオーダーに下がってくれば可能になるわけです。バイオ分野や材料工学分野でも、無重力実験の必要は増してきています。そういう分野の研究者のために、手段としてのロケットが“当たり前のもの”になっていって欲しいんです。
 ――なるほど。どの程度の市場規模と予測しますか。
 永田 既存市場から顧客を奪うのではなく、従来のロケットが不得手としていた部分に市場を見出そうと考えています。例えば、衛星の軌道投入などは従来のロケットが遥かに実績を持っていますから、CAMUIがすぐに評価されることはありません。しかし一方で、CAMUIは当面50~100kmの高層成層圏を目標高度にし、打ち上げから回収までをミッションに入れており、極めて安価に提供することができる。無重力下での実験や観測、衛星用部品やシステムの予備実績構築などには最適というわけです。
 そういう市場は現段階で約100億円程度、国際宇宙ステーションの建設にともなって今後増加する見込みです。そのうち約10分の1を市場として創出できれば、少なくとも約10億円の市場になります。この程度であれば開発が完了次第に実現可能と踏んでいます。
 ――それで、210万円でロケットを発売した。政府からクレームがついたとも伺いましたが。
 永田 その通りです。実際の販売対象は機体そのものではなく打上げサービスなのですが,誰にでも簡単に打上げられる機体を販売すると誤解されたのだと思います。政府からテロに転用される危険を指摘されたのも事実です。CAMUIロケットを打上げることは,火薬を使ってゼロから固体ロケットを作るよりも遥かに難しいのですが、神経過敏になっている時期でもあり、機体を販売するという表現は使わないことにしました。もともと、飛翔能力のある機体をそのまま売る予定ではありませんでした。
 ――テロに転用される危険があるのですか。
 永田 杞憂だと思うのですが…。ロケット攻撃に必要な精密な管制能力はあの機体には付いていないですし、わざわざハイブリッドエンジンを使うとも思えません。鉄パイプに火薬を詰めればロケットになるのですから、「ロケット攻撃への転用が可能」と言い出せば,鉄パイプも危険物に該当します.火薬の使用を厭わない人にとってはCAMUIの価値はゼロです。CAMUIは、火薬を使用しないところにこそ価値があるんです。
 ――なぜ北大に来られたのですか。
 永田 もともと私は日産の宇宙航空事業部に務めていました。これは遡るとプリンス自動車で、その前身は富士精密。そもそも戦前は中島飛行機という会社でした。富士精密は、糸川博士のペンシルロケットの開発に協力していた会社です。当時から秋葉先生のハイブリッドロケットの実験に、私も良く狩り出されていたんです。 96年に、北大で宇宙工学の研究室を設立するという話になり、私がお誘いを受けて北海道に来たら、偶然に、秋葉先生も道工大教授として北海道に赴任されていた。それがご縁で、「今までやっていた実験を、また続けてみましょうか」という話になって、現在に至っています。
 ――なぜ、そんなに都合良く、宇宙開発関係の人材が北海道に集結したんでしょう。
 永田 北大の宇宙工学も、道工大による秋葉先生の招致も、もとは1985年に道が打ち出した「航空宇宙産業基地」構想から出ていると聞きました。
 目的は産業誘致でしたが、宇宙産業は国内のパイ自体が小さく、全体の産業規模が限られているので、製品開発しか道はありません。この構想による企業誘致そのものは失敗に終わったのですが、気付いてみると宇宙開発の人材が北海道に集まっていましたね。つまり人材の集積には着実な実績を残したわけです。
 ――そうやってHASTICが設立された。
 永田 そうです。道内ではHASTICに宇宙関連の技術やトピックが集積されています。人材もほぼ把握していますよ。民間企業も数多く、いずれ宇宙産業の基盤になってくれると信じています。人材はまだまだ不足していますが、将来の世代に宇宙科学を目指してくれる人たちを多く輩出したいですね。
 ――現状での課題は何ですか。
 永田 いまエンジンのスケールアップに取り組んでいますが、これが進むと打ち上げ実験に使える場所が減ってしまうんです。有力候補の大樹町は、ちょうど帯広空港への着陸進路になっていて、最大打ち上げ可能高度が上空1500mまで。この辺りの規制を、今後の大型化飛行実験開始までにどう緩和してもらうかが課題です。
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 CAMUIロケットの計画には、資金難から開発断念の危機が何度かあったという。その度に支えたのがHASTICの人脈。アビオニクスには道工大の佐鳥氏、エンジン設計には秋葉鐐二郎氏や研究室の学生たちが大きく貢献した。実験施設の提供には、道内の民間企業から快い引き受けの申し出があった。いまも永田氏を支えているのは、その企業の経営者が言った、「お金が問題ではない。技術開発やモチベーションを獲得するのにこれほど良い条件はない。道内で自分たちにできることがあれば全面的に協力する」という言葉だ。“手弁当”で夢を追う研究者の夢が、産業界にクラスターを形成し、新たな産業へと変貌を遂げる。
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ながた はるのり
 1965年生まれ。94年、東大(院)航空宇宙工学専攻博士課程修了、博士(工学)。
同年日産自動車(株)入社、96年北大(院)工学研究科助教授として赴任、現職。
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●NPO北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)
〒060-0819
 札幌市北区北19西11 科学技術振興機構研究成果活用プラザ北海道内
 Tel.011-708-1617
 Fax.011-708-1185
 http://www.hastic.jp/
写真:上:永田晴紀氏 写真:中:CAMUIエンジンの構造図(HASTICウェブサイトより) 写真:下:CAMUIロケットの打ち上げ実験(HASTIC提供)
拝 映輔
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