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Last UP Date:2014-06-29
新説わらしべ長者 ~第七話~/2005-06-02
「なるほど、人間はそう簡単には無一物にはならないものだな。」
 青年は妙なことに感心して、とりあえず眠りに就いた。しかし、これで安心は出来ない。生きるためには食わねばならないし、食うためには稼がねばならない。おまけに、この京には青年の父の政敵が勝ち組みとして、跋扈しているのだ。正体が分かってしまえばどうなるか分からない。そんな中で生活しなければならないのだ。
 次の日、青年は蜜柑の商いで顔見知りになった商人達を訪ね歩いた。さすがに狭い社会だ。何らかのヘマを鎌倉でやらかして追い出されたくらいの情報は、共通で持っていた。しかし、蜜柑、薬剤、文献、調庸、ほか東国物産の売買。短期間でこれだけ荒稼ぎしたのである。商人仲間で、商人としての青年を知らぬものは、京ではいないのだ。
 その商才を当てにして、鎌倉以外の物産の流通を依頼するものが絶えないのだ。当然、依頼は危険を伴うものが多い。何せ以前は危険で難しいといわれた、東国の流通を一時とはいえ支配したのだ。要はそのエリア以外であれば、何とでもなると考えられていたのだ。
 青年はこの機会を逃さなかった。西国は十分調査済みなのだ。確かに蜜柑の生産地の九州までは足を伸ばせてはいない。道半ばであった。が、現在の中国四国地方あたりまでであれば十分調査できている。青年は多少リスクのあることでも、自己判断でどんどん仕事を引き受けた。大量の輸送が必要であれば、小僧と馬を最大限に活用した。
 京において、その青年の商才は最大限に開花した。わずか一年足らずのことだ。それでも、知識と経験と情報の三つを青年は持っていた。経験で勝る商人は沢山いたであろう。情報を多く持つ商人もいたであろう。だが、この青年のように、当時、最先端の商業理論をもち、短期間とはいえ効率よく経験を重ね、情報を収集した商人はいない。

「鎌倉はもう冬だろうか。」
 青年は、故郷の母や使用人のことを思った。また、没落しているとはいえ、現実には武家の身である自分の境遇を省みた。商売は、知らぬ間に築いた名声と実力によって再び軌道に乗った。形見や刀をいま取り戻したところで、東国の武家社会での地位回復のしようもない。商人としても武人としても、もう鎌倉には戻れないのだ。そういえば、形見と鎧兜、刀を隠したあの屋敷に近づくことも減ってきた。同じ京にいても、疎遠な限りである。あの蜜柑はどうなったのだろう。なにせ、世知辛い京の都だ。ここの死んだ商人の使用人のように着服してしまったのだろう。
 そんなある日のことだ。東国の豪族のあるものが、反逆したとの噂が耳に入った。
「まさか、あの豪族ではあるまい。」
 青年は思った。だが、青年の予想は外れた。まさに、あの鎌倉の豪族なのだ。ことの次第はこうだ。青年を鎌倉から追い払った後、取り急ぎ調庸を送る手配をした。それを、一度味をしめた盗賊が、再度襲ったのだ。それからは、京からの調庸の督促と、調庸の送付と、盗賊の襲撃の繰り返しであった。結局、宮廷には調庸の反物は全く届かず、結論として反逆としてみなされたのだ。皮肉なものである。反逆の意図がないことを示すために、青年を追い払ったが、青年抜きでは、安全に調庸を送ることは出来なかったのだ。
 そんなある日、青年が住処にしていた、死んだ商人の家に検非違使が乗り込んできた。検非違使というのは、当時の警視庁と思えば良いであろう。首都の警護を専門とする警察機関だ。
「万事休す。他人の家に勝手に住みついているから捕まえに来たのか。それとも、正体がばれたか。もはやこれまでか。」
 青年は、捕まることを覚悟した。どちらにせよ、自分は無罪ではない。商人として京を追放されるか、武家として殺されるか。生きていれば何とかなるが死ねば終わりだ。検非違使は、予想しない言葉を吐いた。
「貴様、馬を持っているな。東国討伐に馬が足りない。それを即刻、献上せよ。」
 青年は、胸をなで下ろした。が、同時に困惑した。馬がなくては今後の商売はあがったりだ。小僧も不安そうに青年を眺める。馬を渡すわけには行かない。だが、ここで、無理に断り、騒ぎを起こして、正体が露見してしまう可能性もある。青年は穏当に尋ねた。
「何頭ほど、入用でしょうか。」
 検非違使は答える。
「全部の馬だ。貴様は有名な商人ではないか。戦が終わってから、買い戻せば良かろう。」
 青年は、ますます困惑した。これでは、鎌倉の戦火が収まるまで、商売をするなというのと同じではないか。しばらくであれば、小僧と自分が食うに困らぬだけの財貨はある。しかし、みすみす多くの商機を逃すことになってしまう。青年は知恵を巡らし、こういった。
「私は、鎌倉でも商いをしてきました。少しはかの地の事情も分かります。出征されるのはどちらの方でしょう?私が直接会って馬を献上し、さらに地勢などの情報をお教え出来ればと存じます。」
 青年は、必死に訴えた。
 青年は、検非違使ではなく、出征する大将と直接話しをする事をねらった。どうせ、馬を使うのは将である。これでも青年は武家の出だ。戦のことなら小さな時から学んできている。出征において、馬は多ければ多いほどいいが、なくても何とかなる部分は何とかなる。そこで、戦の陣容を確認し、自分の馬を一頭でも、連れ戻そうと考えたのだ。
 検非違使は、いちいち馬を回収して自分で軍まで持っていくのは非常に面倒である。そこで、青年に馬を引かせることにした。
「今回の出征、さほど大規模ではないので、ある豪族の出で京都に居を構えるものに、将を勤めさせるそうだ。馬を、そこの屋敷に連れていけ。」
 そして、検非違使に行けといわれた豪族の屋敷は、あの、父の形見の眠る屋敷であった。

この作品はフィクションであり、実在するいかなるものとも関係はありません
舟橋正浩
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