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Last UP Date:2014-06-29
新説わらしべ長者 ~第八話~/2005-07-04
 蜜柑を渡しに来て、あれから三ヶ月。久しぶりに、あの屋敷の門をくぐった。そこには、以前と同じ、使用人がいた。使用人は驚いた。奥に下がり、主人を呼ぶ。主人を連れ、青年を紹介する。
「この方です。姫がいぜん風邪にかかっていた時に、蜜柑をお持ち下さったのは。」
 主人が言う。
「貴方でしたか。有り難うございました。それで、いかな用事でしょうか。とりあえずお礼もしたいので、中にお入り下さい。」
 それどころではない。まずは馬の交渉だ。全てはその次だ。青年はそう思った。その時、使用人が外の雰囲気に気がついた。馬が多数ひしめいているのだ。多少の騒々しさは出る。何やら主人に耳打ちする。主人が嬉しそうに、青年に話し掛ける。
「貴方は当家の救世主のようですね。馬が不足しているのを知って、今度は馬をお持ち下さったのですか。」
 青年は、絶句した。しばらく沈黙した後に青年は振り絞るように言った。
「いや、そういう訳ではないのです。」
 が、主人の対応は、青年の期待したものではなかった。
「とにかくお入り下さい。ゆるりとおくつろぎ頂いて、細かい話しはそこで致しましょう。」
 青年は、交渉するよりも、ある誘惑に駆られた。そう、この家は、父の形見が眠る場所だ。刀も鎧も兜も眠っているのだ。これらの場所を確認し、あわよくば奪い返せるかもしれないのだ。今更取り戻しても意味はないかもしれない。しかし、これらを取り戻すために、商人に身をやつしてたのではなかったのか。
 青年は素直に歓迎を受けた。様々なことを主人と話しをした。蜜柑は鎌倉で売りさばいていたこと。その蜜柑のうちの一つを渡したこと。その蜜柑を欲した姫は、残念ながら助からなかったということも知った。
 主人は、鎌倉の情勢に非常に興味を持った。そして、東国に攻め上ることを話し、そのための馬が不足していることを告げた。しかも、小反乱とみなされているため、予算もなく、地方の武家を動員することもないのだという。何とか私兵をかき集め、騎馬武者をしつらえ、東国の反乱豪族を討ち果たそうというのである。
 しかし、青年は自分の正体は一切語らなかった。そして、ここに形見が眠っているということも。なぜなら、主人が語るには、ここの土地を得たのも、以前の小内乱で、青年の父を討ち果たした功績から、父の政敵の貴族から下賜されたのだという。まさに父の仇なのだ。
 父の仇を討つ。青年の頭をよぎる。しかし、商人の姿をしている青年の手には、何の武器もない。と、同時にこの主人に加勢し、自分を鎌倉から追い落としたあの豪族を打ち破りたい。ということも、青年の頭をよぎる。さらに、普通に馬の数を交渉し、自分の馬の一部だけでも返してもらうこともしなければならない。
 父の仇か、自分の復讐か、日々の生活か。青年は、答えが出ないまま、この屋敷を後にした。とりあえずは、馬をそのまま預け、手ぶらで帰った。

「人間いざという時には、何も出来ないものだな。」
 青年は、自嘲した。創業の目的の形見を取り返す絶好の機会であるばかりか、父の復讐まで果たせる機会だったのだ。それが叶わないのなら、青年を追い落としたあの豪族を打ち倒す機会である。あの豪族を打ち倒して、鎌倉に帰り、再び我が一門を復興させることもできた。いや、それ以上に商人として成功しているのだ。そのために必要な馬を守るために成すべき事もあったはずだ。
 家に着く早々、青年が思案にふけっていると、小僧が不安そうに見つめる。それもそうだ。馬は彼が面倒を見ていたのだ。馬を取り戻さないという事は、彼の仕事を取り上げたも同然である。
「大丈夫だ。話しの分かる主人だったし、明日にでも今一度、馬を取り戻しに行くよ。」
 青年は、取り戻す自信もなく、ただ小僧を安心させるためだけに、思ってもいないことを話した。

 次の日、早朝より例の屋敷の使いのものが青年の家を訪れた。火急の要件だという。青年は急ぎ支度をし、屋敷に向かった。着くやいなや主人は、まくし立てる様に青年に話し始めた。
「今朝、検非違使から聞きましたよ。鎌倉の情勢を私に教授するために、わざわざご足労頂いていたのですね。にもかかわらず、昨日は一日、世間話してしまい失礼しました。」
 青年は、腹を括った。まずは自分の復讐を果たそう。軍事は幼少より学んでいるし、鎌倉長谷寺の講義では中国渡来の兵法も学び、磨きがかかっている。その上、つい先日まで、商人として隅々まで歩いていたのだ。あの地域の地勢は知り尽くしているし、多くの豪族やその下の兵や将も熟知している。
 主人のほうの軍は、想像通り寡兵であった。所詮、一豪族の力で集められる兵数は知れるのだ。ましてや遠征軍だ。そのまま戦えば、負けることは想像に難くない。主人のほうも、それを自覚しているからこそ、敵の情報を欲していたのだ。
 あの豪族の人物、部隊の構成、戦場とすべき地勢の場所、戦の要所等々。青年は知りうる限りの情報を提供し、さらには軍略まで惜しげもなく披露した。主人は感心した。
「これならば、寡兵であっても十分に討ち果たせるでしょう。本当に我が一族の救世主です。」
 青年の軍略は、主人を安心させるのに十分であった。馬に関しては全く余裕のない作戦になってしまい、青年はまたも手ぶらで帰ることになってしまった。小僧の悲しげな顔が見えるようであった。

この作品はフィクションであり、実在するいかなるものとも関係はありません
舟橋正浩
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