数日経ったある日。主人が直々に青年の屋敷を訪れた。 「折り入って、頼みがあります。」 主人は、ある提案を青年にした。その軍略を東国に一緒に来て頂いて発揮して欲しいというのである。青年は断った。自らの手で、あの豪族を滅ぼしたいという気持ちはある。だが、さすがに父の仇と共に戦う気はない。 代案として、主人が用意したのは、出征の間、一族の地方庄園の管理などを青年が代行するというものだ。いわば銃後の守りを固めて欲しいという事だ。力のある豪族といえど、内紛や外敵とは無縁ではない。出征中に、滅ぼされたり乗っ取られたりする事もありえるのだ。 聞けば、主人は、大和の国の外れに庄園を持つ豪族だ。管理するといってもかなりの手間である。とはいえ、出征から戻るまで、馬はないのだ。青年にしてみれば、どうせ商売が出来るわけでもない。十分な手間賃も払ってもらえるらしい。 さらに、出征中には堂々とあの屋敷に出入りできるのだ。その間に、自分の鎧、兜、刀、そして父の形見を探し出すこともできる。 「私は商人ですので、一緒に出征は難しい。でも、お宅の留守を預かるのであれば引き受けましょう。」 青年は、こうして、この屋敷の主人の依頼を受け、出征中の留守を預かることにした。 そして、主人は出征していった。主人の持っていた庄園は、非常に優良な庄園であった。 「戦の優劣は国富で決まると、どこかの講義で習ったな。だとすると、貧乏な私の家が、裕福なこの豪族に敗れたのも当然なのか。」 青年は感心しつつ、考えてしまった。 留守の間、非常に的確に庄園の管理を行った。使用人の配置や、労働の適切な分配。資金の割り振り、賄賂に果ては貴族へのロビー工作。留守の代行としては、申し分のない働きぶりだ。加えて、出征した主人には、細かにその管理の内容をしたため手紙を送りつづけた。時折、行軍の合間を縫って、主人から手紙も帰ってきた。中には、軍略についての、判断を問うものもあった。 青年は、書簡のやりとりで誠実に、主人に答えていた。勝ってもらわねばならない。だが、父の仇であるというわだかまりは、なかなか消えるものではない。ここには、その証拠が眠っているのだ。とはいえ、この仕事はなかなかの激務だ。その証拠の品々を探す暇など、ほとんどないのだ。 そんなある日、小僧が、青年を呼ぶ。 「庭を畑にしていたら、こんな物が出てきました。」 それは、青年がこの敷地にかつて隠した、鎧の一部だ。青年は、小僧から鍬を取り上げた。そして見つかったという場所に、駆け付け一心不乱に掘りつづけた。 あった。鎧兜と刀の一式だ。父の形見だ。青年は、何かに執りつかれた様に笑いつづけた。そして、恐ろしい形相で、小僧に言う。 「このことは秘密にするんだ。いいな。」 小僧は震えながら、首をたてに振った。 青年に武家としての謀略が湧き起こってきた。書簡で、あの主人に軍略を授け続け、まず、あの豪族を討ち果たさせる。そして、疲労した主人をこの家に引き入れ、この刀で、息の根を止め、父の復讐を果たすのだ。これで二つの復讐を果たせる。 それから、青年はさらに熱心にこの家の管理した。書簡も多数送った。必要とあらば、有らん限りの知恵を絞って最高の軍略を授けた。とにかく、信用させるのだ。そうすれば青年に対して気を許し、油断も出るだろう。疲れ切って油断しているものほど討ち取りやすいものはない。 そして、主人からの手紙が来た。 「敵をうち滅ぼした。凱旋する。色々有り難う。」 まさに念願の復讐を果たしたのだ。男は躍り上がって喜んだ。小僧も喜んだ。自分が手塩にかけた馬が帰ってくるのだ。 「あとは、奴を切るだけだ。」 しかし、主人は待てど暮らせど戻っては来ない。それどころか、こまめに送られてきた手紙も全く来なくなってしまったのだ。 「私の正体が分かったのか。」 青年は不安に駆られた。正体が露見したのであれば、まっすぐ帰ってくることはない。ところが、主人のもつ庄園に戻っているという情報もない。庄園は、彼の指示通り淡々と動いている。 ある日、訃報が届いた。それは主人が、あの豪族を討ち果たした後の帰途、盗賊の流れ矢で命を落としたというものであった。まさに彼の努力が水泡に帰した瞬間でもあった。待てど暮らせど返って来るはずなどないのである。おまけに、驚いてしまった、馬も兵も散り散りになってしまったのだ。馬も帰ってこない。このままでは商売の再開もままならない。 青年は、力が抜け座り込んでしまった。 自分の仇を失い、父の仇を失い、商売も失ったのだ。青年が、復讐のため学を志してから僅か1年。富を得、復讐を果たし、武家にとって重要な鎧兜に刀も取り戻した。 「ことが終わるというのは、その終わったことを失うことだ。」 青年は、虚脱感の中、そんなことを考えていた。 「これからどうしましょう」 小僧の至極まっとうな問いだった。 青年は冷静に考えた。明らかに、以前のような無一物ではない。自分の回りには、他人の持ち物であったとはいえ庄園があり、財産がある。そしてどちらも、自分の意のままに動かせるのだ。この数ヶ月の、青年の献身的なまでの、この主人のための働きぶりは、知れ渡っていて、この財産を運用したところで非難するものはないだろう。また、長谷寺で学んだ中に、こうした財産の運用の手法もあったはずだ。今までより上手くやれるだろう。青年は、小僧に告げた。 「この庄園と財産を管理して食っていこう。馬はまたそのうち買って、余力ができれば商売をまたやろう。」 この青年は、その後、庄園の運営と堅実な商売で、財貨を増やした。晩年には、それ程高くはないとはいえ官位を授かるまでになった。その、人生の始まりが、わらしべにあったと、青年が人に語ったことにより、わらしべ長者といわれるようになった。 その後、青年も余裕が十分にでき、長谷寺の講義料をしっかり払った。さらに、こうした数々の知識を、こまめに長谷寺に相談し、相談料として御布施をその財貨の中から払い続けた。現代でいうところのシンクタンクとの長期契約である。そして、代々、青年の一族は長谷寺の檀家として名を連ねていく。その御布施の支払いぶりから、後世の人々は、その幸運ぶりを信心のためと囁きあったという。 完 この作品はフィクションであり、実在するいかなるものとも関係はありません
舟橋正浩
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