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Last UP Date:2014-06-29
10/23(株)丸井今井小樽店閉店・114年の歴史に幕/2005-10-24
 10月23日、(株)丸井今井(札幌市中央区本社、柴田哲治代表取締役社長)の小樽店(小樽市稲穂1-4-1)が閉店した。
 同店は、1891年(明治24年)に今井呉服店本店、滝川支店に次ぐ3番目の店舗として開業、長い間にわたって地域に親しまれ続け、1990年の市街地再開発によって現店舗へと移転新築を果たすが、1997年の北海道拓殖銀行の破綻や、相次ぐ大型複合店舗の開業によって次第に売上高が下降線をたどり、2005年6月に発表された同社の再建案によって、苫小牧店とともに10月中の閉鎖が決定されていた。同店の年間売上高は約49億円(2005年1月期)。売上ピークの年間約105億円(1997年1月期)から比較すると、半分以下にまで落ち込んでいた。

 (株)丸井今井自体はいま、(株)伊勢丹との業務提携によって経営の抜本的再建案を練っているところだ。今回行われた小樽店や苫小牧店の閉鎖も、不採算店舗の整理という再建計画の一環だ。
 同社の臨時株主総会で承認された再建案によれば、今後は今月末をメドにグループを分割、存続する3店舗を新設する会社が承継し、残る不採算店舗は旧会社による資産売却などで債務圧縮などの原資とし、2006年8月に釧路店を閉鎖。原則的には、5年後の室蘭店閉鎖をもって旧会社を清算する計画だ。柴田社長をはじめ現経営陣4人も今月末で全員退任、新会社の社長には、丸井今井の子会社、丸井ビルシステム社長の畑中幸一氏が就くこととしている。
 丸井今井“新会社”が引き継ぐ債務は、全額約460億円のうち過半に届く約260億円。北海道企業再生ファンドが40億円の出資を行う。伊勢丹グループは、会社分割が行われた後に役員などを派遣して経営支援に乗り出すが、資本参加についてはいまのところ不透明だ。
 いまの丸井今井の惨状は、バブル期の拡大政策が尾を引いたことと、イオングループの進出など道外勢の急速な勢力伸張が主因だ。店舗の陳腐化などで集客力が落ち込んだとも言えるが、ここに「新しもの好き」「浮気性」と言われる道民性の一端を見たといえば、言いすぎになるであろうか。
 閉店した地域では、基幹店の抜けた穴を埋めることができず、中心市街地そのものの地盤崩壊が不安視されている。

 小樽店の跡地では、入居していたテナント18社が11月中旬より営業を再開する意向を表明しているが、これも営業フロアは地下1階、1階の2フロアに留まり、売場面積もフロア面積の約半分、1300平方mのみ。同店の2階~7階までは当面閉鎖した状態が続くという。
 午後7時過ぎ、閉店を告げる音楽が流れ始めると、橋爪昌広小樽店長ら全従業員が正面玄関前に立ち、114年の歴史に終止符を打つ挨拶を行った。
 同店が立地する小樽サンモール商店街には、報道陣や通行客などで時ならぬ人垣ができ、橋爪店長が姿を見せてから最後にシャッターが閉じきるまで、終わることのない拍手が送られた。
 最後の拍手は、地域に密着して一世紀余を生きてきた百貨店にとって、せめてもの勲章といえるものだったのかも知れない。
写真:上:閉店の挨拶に並ぶ(株)丸井今井小樽店の従業員 写真:中:閉店を惜しむ客で賑わう1階婦人もの売場 写真:下:閉店時、商店街に集まった報道陣や通行客ら
拝 映輔
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