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Last UP Date:2014-06-29
うきうきして候−蝦夷地開墾事始異聞−(2)/2006-05-10
「玄蕃は、蝦夷地をどう思う?」
 カマの問いに、玄蕃が驚いて答える。
「おいおい、さっき、薩長には仕えんといったじゃないか。わしはもう未練は無い」
 カマが苦笑して言う。
「そういうことじゃなくてさ、金になるかって話さ」
 玄蕃がいう。
「そんなことを考えもしなかった。というか、わしにとって蝦夷は、行った、上陸した、戦った。それだけだ」
 また沈黙が流れる。玄蕃はビールをゆっくりと飲む。屋内の宴も佳境に入ってきている。
 カマが話し始める。

「俺が始めて、蝦夷地ってのを知ったのは、本当にモノゴゴロついたころかなぁ。親父が伊能様の測量を手伝っててな。親父が図面見ながら色々やってるんだけどさ、何だか小難しいことしゃべってやがるとしか思えなかったよ」
 玄蕃は酔いがまわったのか半分眠っている。カマは気にせず話し続ける。
「その後、親父が頭良くならんといかんとか言って、昌平とかいう学問小屋に入れられてさ、これがつまんないんだ。いまどき朱子だぜ。その頃には、親父の資料を整理するのを少し手伝ったりもしていたんで、蝦夷地の形くらいはもう知っていたんだ。ま、玄蕃も知ってのとおり、俺の昌平の成績は最悪さ」
 笑いながらカマは話を続ける。
「その後かな、親父の紹介で、堀とか言うえらいやつの鞄持ちでさ、本当に蝦夷地に行ったわけよ。これがまたシンドイんだ。 函館から石狩に行って、後は日本海に沿って宗谷、樺太って移動したんだ。山奥から海ッぷちの厳しいところまで大冒険の毎日さ。地図だけで知っている蝦夷地と実際の蝦夷地の違うこととといったら」
 苦笑しながら、カマは手元のビールをコップに注ごうとする。丁度一本空いたらしい。
「おーい。もう一本くれ」
 カマが向こうの盛り上がった宴席に声をかけると、すばやくこわもての男が2本ビール瓶を持ってきた。玄蕃も気がついて、しゃきっと背筋を伸ばす。
「名主、すみません、気がつきませんで」
「いいよ。気にすんな。」
 カマが、ビールを受け取ると、玄蕃と自分のコップにビールを注ぐ。男はさっと席を離れた。とりあえず、玄蕃とカマが新しいビールを満たしたコップで乾杯をする。

「その後、堀様と函館の奉行所に戻ったら、いきなりロシアだよ。ロシアの軍艦が函館入港さ。ほんと、今の薩長土肥の連中だったらアメリカとイギリスしか視野にないが、本当に日の本の良さが分かる国はロシアさ。あいつら冬になったら港が凍っちまう。どんな辺境だって、港が凍らなきゃあいつらには天国なんだ。函館なんて太平洋には出れる、日本海にも出れる。そして凍らない。最高の港さ。」
 得意げにカマは話し始める。玄蕃は黙って聞いている。
「あのころ、薩長はフランスとイギリスしか見ていなかった。だが、本当に日の本に手を伸ばしたい国はロシアさ。そして、中国に進出したいアメリカさ。この2国にとって最も重要な要所が蝦夷地というわけさ。幕府の偉い連中だって、一緒に蝦夷地を見て、かの地でロシア人に会った堀様以外、誰も分かっていなかっただろうさ。だからあんなくだらないことを責め立てて堀様を自害させちまうんだ。」
 玄蕃は寝ていたわけではなく話は聞いていたらしい。
「そうだな。で、それと蝦夷地が金になるのとどういう関係があるんだ?」
 カマが、本題からそれた話を戻そうとする。
「でさ、堀様がいなくなった今、俺を除いて、みんな気がついていないんだ。蝦夷地をしっかり押さえておけば、日の本は世界の中心ってことを。」
 玄蕃が再び聞き返す。
「だから、世界の中心に蝦夷があるということと、金儲けにどんな関係があるんだ?」
 カマが得意げに言う。
「そう、そこなのさ」
 カマのこの台詞に、玄蕃は不審げな顔をする。

この作品はフィクションであり、実在するいかなるものとも関係はありません
舟橋正浩
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