カマは話を続ける。 「大体、産業ってのはモノを作り出すことと、こいつを動かすことに要諦があるわけだ。そう考えると、蝦夷地ってのはかなりいける訳さ。」 玄蕃は眉間にしわを寄せ、口を開いた。 「もう少し分かりやすく説明してくれんか?」 カマはさらに続ける。 「箱館ってのは、日本海、すなわち大陸との貿易の道と、そして、太平洋という新大陸との貿易の道の両方につながっているわけよ。モノを動かすときに、こんなに有利な場所は日の本全体を見ても、いや、世界全部を見ても他にはない。」 「しかし、あの荒れ海だ。開陽だって沈んでしまうほどじゃないか。そんなにいい場所に思えんが。」 カマはすかさず反論する。 「そりゃ、戦で無理な航海をするのと、貿易で航海するのでは方法も違う。それに、世界の科学技術は常に向上してるんだ。蒸気船も年々良くなるはずさ。そうすればあの程度の荒れ海は平気になる。箱館で手狭になれば、さらに東の奥地にあるの大きな湾の中に港を確保すればいい。」 「ふーむ。なるほど。蝦夷地は貿易の拠点として栄えるわけだ。」 玄蕃が納得する。少し考えて、渋い顔をして、また口を開く。そして続ける。 「でも、蝦夷地で北前船をしている商人衆と喧嘩にならんか」 カマは答える。 「そりゃ、日の本の本土に、蝦夷地の海産物を送れば彼らと喧嘩になるかもしれない。でも、北前船の連中だって、松前藩がやっていた場所請負とかいろんな規制だらけで思うようにならないって困ってるんだ。きっと薩長だってこれを引き継ぐ。そこで俺の興した会社がその規制を壊す先駆になれば、後に続くのはやりやすいじゃないか。」 玄蕃は難しい顔をして言う。 「それはさすがに虫の良い解釈ではないか。カマよ。北前船の連中だって上手くこういうのと結託して商売している部分もあろう。」 カマは捲くし立てて言う。 「仮に、そういうことが北前の連中にさほど支持されなくても、俺が狙うのは、そこじゃない。ロシアであり清でありアメリカだ。むしろ商人衆と手を組んで、本土の産品をそういう諸国に輸出してもいい。」 玄蕃は少し納得していう。 「なるほど。亀山社中のような商売をするということだな。おぬしなら上手くやるじゃろう。」 カマが、ビールを飲み干して、目を見開いて言う。 「あんな信義も引っ手繰れもなく、モノを右から左に流すだけの、ちんけな商売なんかしない。俺が目指しているのは、蝦夷地に農業と工業を興し、今までの海産物とあわせ、一気にその産品を海外に輸出する大企業よ。そう、ちょうどオランダの東インド会社のような代物だ。」 玄蕃は、また難しい顔をする。 「農業に工業とな。蝦夷地は米も育たぬし、奥地には熊ばかり住むというではないか。それはちと無理はないか。」 得意げにカマは言う。 「そんなことはないさ。実際に、玄蕃も見たと思うけど、函館の周辺では、少しは米を育ててるじゃないか。そもそも、米じゃなくて、ヨーロッパで育つ作物を植えたって良い。牛だって馬だって食えば良い。アイノの連中は鹿や鮭、鯨にアザラシまで食うそうだ。この際だから熊も食っちまえ。」 まだ納得できないのか、玄蕃はさらに問う。 「では、工業はどうするのだ?」 カマは確信を持って応える。 「工業に必要なのは、鉱物と石炭。あと科学技術だ。」 玄蕃は問う。 「そんなに都合よく揃っているのか?」 カマが記憶をたどるような表情をして言う。 「堀様と北海道をまわったときに、石炭はあったはずだ。わずかだが石油も湧き出ている。そして地質学的にもいろいろな鉱物があるはずだ。科学技術は俺が行けばもう大丈夫さ。」 玄蕃は、まだ納得はしていないが、反論の意味も無いという表情で、相槌を打つ。 「そういうものか」 カマはいたずらっ子のような目をして、玄蕃に問う。 「親父も堀もさ、蝦夷地にはこういう鉱物が産するとか、こういう産業が興せるとかそれは昔から分っていたんだよ。でも、それを実際には興せないんだな。なぜか分るかい?玄蕃」 「金が無いからか?」 玄蕃は反射的に答える。カマは得意げに答える。 「それも無くも無いさ。でも、もっとも肝心なのは、そういう鉱物を産出する技法を知らないからさ。そしてそれをやったことが無いからさ。だから、自信を持って上様に投資の進言ができなかったのさ」 「それはその通りだ。で、カマはどうすると」 玄蕃は、まだ不審げな表情で聞き返す。 この作品はフィクションであり、実在するいかなるものとも関係はありません
舟橋正浩
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