得意げな表情でカマは続ける。 「まぁ、答えを焦りなさるな。この間、蝦夷でドンパチやりながら、外の景色を見たわけよ。なぜだか、堀様とまわった蝦夷の内陸の風景がぼちぼちと思い浮かんでさ。小僧のときには険しい山でしかなかったさ。でも、いま思い返すと、あそこでああすればこれが取れるとか、ここでそうすれば、こういう産業が起きるかもとか頭をめぐったんだ。これが学問の効用ってやつだな」 「じゃあ、それを実行しようというのかい」 「ま、薩長のためにこういうことをするのも癪なんで、何とか上様のためになるような形でこれがデキネエカナァなんて思っているわけよ」 「なるほどなぁ」 玄蕃はビールに口をつけて相槌を打つ。カマは一気にビールを飲み干す。 「なので、本音としては、蝦夷地へは行きたし薩長の役には立ちたくなし、というところかな。とにかく、俺様の日本一のセーミ学の知識を持ってすれば、蝦夷地も日の本の国を支える産業を持つ地になるはずなんだ」 得意満面でカマが言う。玄蕃はいたってまじめに答える。 「じゃぁ、仕官を徹底的に断って、駿府で事業をして金をためて、ほとぼりが冷めてからはじめたらいいんじゃないか。まだ若いんだし。」 少し不満げな表情でカマはビールを注ぎならが言う。 「でも、無罪放免に動いてくれた黒田とか福沢なんて輩のためには少しやってやらないと。それに、大事なのは先行者利益だ。他人よりも先に手をつけて、何とかものにしないとさ。」 玄蕃が言う。 「でも、それこそ、普通に蝦夷地に行くなんていったら、またドンパチやる気かい、と疑われるぞ」 「そんな他人事みたいに。あんただって、ここを出た後は、黒田は開拓使に入れるっていってるんだろ?」 カマが玄蕃に問う。 「ああ、そうらしい。でも、わしももう隠居したい頃だな。沢や荒井ならともかく、わしのような年寄りまで、蝦夷共和国の面々は皆、蝦夷送りにする気だ。何を考えているのやら。戦犯の生き晒しかね。」 玄蕃がぼやく。 「そこまで、黒田も、ひどいことは考えていないと思う。蝦夷地経験と幕府で人を束ねた経験を純粋に買ってくれているだけさ。やっぱり薩長の連中にしたって大政奉還や伝習所での活躍は無視できないさ。」 カマも困ったような表情でいう。ビールを一口飲んで続ける。 「なんにせよ、生き残った面々でまた蝦夷地を切り開けるということだ。独立国としてか、日の本の植民地としてかの違いだけさ」 「その違いはひどく大きいぞ。」 玄蕃は苦笑いをしていう。カマが元気付けるように言う。 「それはそうだけどさ。あそこで無益な戦争をしないで、俺達に開拓させておけばよかったと思わせるくらいの結果を出さないとな。」 「いまさら結果が出ても、開陽は浮かばんし、死んだものは生き返らんが、せめてもの供養か」 玄蕃がしんみりと言った。さすがのカマも暗い表情で黙る。気まずい沈黙が流れる。はっと思い出したように、玄蕃が言う。 「そうそう、開陽に積んで持ってきた、ビールはうまかったが、カマから秘酒とか勿体つけて渡されたフランス薬酒はまずかったぞ」 「あのビールはハイネケンさ。あれがビールでは一番旨い。薬酒でもさ、オレンジキュラソは結構いけたぜ」 「それはもらってないぞ」 もう、今までの話を忘れたように、二人ともカマの若い頃をネタに語り明かし始める。 宴はまだ続く。しばししてから、玄蕃を肩に担いでカマが宴席を去る。玄蕃の居る牢に玄蕃を連れて行く。カマは自分の牢に帰る。そして、硯と筆を出し、一筆つづりだす。 姉様 函館戦争の件は無罪放免になりました。その祝いに差し入れられたビールをたくさん飲んでとってもいい気分です。玄蕃殿は飲みすぎでフラフラでした。 とてもウキウキして候.... 釜次郎拝 この作品はフィクションであり、実在するいかなるものとも関係はありません
舟橋正浩
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