この小説のタイトルで、この小説の舞台設定や人物設定のアイディアになった書簡である。普通に考えて、牢獄から酔った勢いで「飲んで酔ってうきうきです」なんていう手紙を出すような感覚はかなり変わっていると思う。が、いまどきの携帯メールのおかげで類することをしている人は、私を含め少なくないのではないかと思う。 この他にも、彼と彼の家族は多くの書簡を残しているが、この姉と妻の書簡は内助の功という言葉が良く分かるほど、出張ばかりの榎本家を取り回していたことが理解できる。なかなか、明治の知識人の家庭の女性は虐げられるというよりは、夫を手のひらでコントロールしている感じが非常にする。家庭で手のひらで遊ばれている筆者としては非常に榎本に親近感のわく部分だ。 ちなみに、牢獄からのお手紙の原文は下記の通り(榎本武揚未公開書簡集より引用)姉宛て書簡 明治五年一月二日 御同様に迎春御安康の段何寄り御目出度く存じ上げ奉り候 然れば大晦日の好新聞元旦早朝に長印より請取り一同大悦 今年こそ誠に快く春をむかへ申し且つ又麦酒御恵投下され只今晩飯にたっぷり相用ひ誠にうきうきしたし申し候 永井老人は極々酒ずきに付尚更大よろこびにて頂戴仕り候 一、いづれ其の中御目出度く拝顔の時を待ち申し上げ奉り候 新之助君江壱封差上げ種々御礼申上ぐべく兼て存じ居り候得ども 今日も長印出がけに幸便の由申聞き候に付 宜敷く御鳳声願ひ奉り候 御せいさん御同様相願ひ候
巳上 新正初二 御姉様 少々ドロンケンに付乱筆御海容下さるべく候
妻宛て書簡 明治五年一月二日 大晦日の新聞元旦早朝拝見一同大悦びいたし申し候 且つ麦酒沢山に御贈り下され昨日も今日もたっぷり相用ひうきうきと春を迎へ申し候 御まえにも相替らず御丈夫の由手前も寒さの障りもこれなく罷り在り御同様御慶の至りに存じ候 いづれ此度こそは多分近々に壱ツ所に朝夕をくらし候様相成り申すべく御待受け下さるべく候 末乍ら林御両親様並びに研海兄江も御まえよりよろしく御申し上げ下さるべく候
以上 正月初二 釜次郎 御たつとのへ 実にうきうきするお手紙である。
舟橋正浩
|