明治6年の年の瀬。東京某所の文明開化を感じさせるハイカラなカフェテリア。二人の青年高級官僚が、それぞれビールとコーヒーを片手に会話している。 「カマさん、とりあえずお疲れ様」 「おうよ。まぁ、色々あったが家族の元に無事戻ってこれたってわけさ」 カマと呼ばれた男が、相手に捲し立てるように話しかける。 「おめぇも大変みたいだなぁ。俺と入れ替わりで蝦夷地入りか」 郁と呼ばれた男が答える。 「カマはいいじゃねぇか。出世で戻ってきたみたいなもんで。こっちは左遷みたいなもんだよ。」 苦笑いをしながら、二人は顔を見合わせる。ビールを口にし、カマが聞く。 「やっぱり、メリケン人と歩調を合わせるのは難しかったのか?」 郁が、澄ました顔で答える。 「おれ自身は問題なかったんだけど、どうも、一人はどうしてもあの怠惰な連中と折り合いが会わなくてさ。」 郁が話に乗ってこなかったので、カマが、つまらなそうに言う。 「そんなもんか」 郁がコーヒーをひとくちすすって言う。 「なんと言うか、バカに教えるのは時間の無駄とか思ってるんだろうな。こいつは。でも、カマとは、北海道で馬が合ったみたいじゃないか。」 郁が話に乗ってきたのが嬉しいのか、カマが少しウキウキした表情で言う。 「そうだなぁ。親玉は、何是こいつが農商務局長になれるんだってぐらいの愚物だったけど、あいつは結構優秀だったよ。同じセーミの専門家だったせいか、話も合ったしな。」 郁が少し眉をしかめて言う。 「だろうよ。カマ自身が彼らと話ができる素養があるからな。こっちも、おかげで、英和辞典のほうは奴さんの指導もあってかなりのモノができたんだよ。ほら。」 郁が、カマに辞書を手渡す。カマがしばらくペラペラとめくって、辞書を眺める。郁がコーヒーをゆっくりとすする。 「ほう。セーミの単語の解説とかは完璧だな」 カマが感心して言う。 郁は辞書を受け取って、言う。 「カマは相変わらず自分の関心のある単語しか見てないな。でも、奴に添削してもらったおかげでいいものができた。」 カマが不思議そうに聞く。 「これだけの仕事をしたのに、何で奴さんは飛ばされて、おまけに郁は首なんだ?」 郁が苦笑して答える。 「でも仮学校の授業のほうが酷かったのさ。生徒のあまりの態度の悪さに授業をやらんとか言い出す始末さ。」 カマが納得したように言う。 「それで、あいつはアメリカに帰っちまった訳か。しかも酒乱って名目で。こっちでも愚物の親分とも馬は合わなかったみたいだしな。」 郁が、声を潜めて言う。 「でも、あれが酒乱で首なら、黒田はとっくの昔に首だぜ。」 二人は顔を見合わせて、小さく含み笑いをする。「で、蝦夷地の教育は、やっぱりメリケン人にやらせるのかい?」 カマが、突然聞く。苦笑しながら、郁が答える。 「今から計画変更とも行かないだろうしなぁ。次の校長心得の決めることだろうからどうなるか分からんけどね。そもそも、あんな連中じゃ、誰が教えてもたいしたかわらんよ。嫌々蝦夷地に行くような奴らばかりだ。奴さんの性格も悪くなるってもんだ。」 「やけにアメリカの肩を持つねぇ。そのせいで閉鎖になっちまったんじゃねぇの。あの学校さ。そのせいで、お前さんだっていい処遇じゃなくなっただろう。」 カマが納得いかなさげに、ビールを傾ける。 「それもそうだけど、おれの首が飛んだのも、どちらかというと、いつもの黒田さんのご乱心だし。少し冷静に事態を考えれば、黒田さんだって、あのときの閉鎖はやり過ぎだって分るだろ。」 郁が苦笑いしてコーヒーに口をつける。 「あの人も怒ると手がつけられないからなぁ。」 カマが苦笑いをする。
この作品はフィクションであり、実在するいかなるものとも関係はありません
舟橋正浩
|