うきうきして候-蝦夷地開墾事始異聞-(7)/2006-07-06 |
唐突に、カマが言う。 「そうそう、農場を買ったよ」 郁が、興味深そうに聞く。 「ほう、函館か?七飯か?」 カマが得意げに言う。 「対雁さ」 郁が不思議そうに聞く。 「蝦夷地のどこだ。そこは?」 カマが自慢げに説明する。 「札幌から空知の方にちょっと行ったところさ。土もいいし、案外気候もいい。人に任せて開墾させているんだ。開墾が終われば豊かな農場になるぞ」 郁が言う。 「なんだ。まだ開墾の途中か。カマさん、あんまりすぐに成果が上がることを期待しない方がいいよ」 カマが得意げに鼻を鳴らして言う。 「俺は他のやつらとは違う。なんたって、科学の力があるからな」 郁が興味深く聞く。 「というと?」 カマが言う。 「まずは開墾だ。今は、木を引き倒すにも、馬か牛か人力だ。豊平の川っぺりで試してきたが、木なんか火薬でドッカーンとふっ飛ばせばいいわけよ。なんたって、蝦夷地は火薬の材料に昔から困っていない。恵山のあたりにゃ、文字通り売るほどある。」 郁が驚く。 「カマさん、それはちょっとやりすぎではないか?また戦争かと民衆が勘違いするのでは。」 カマがつづけて言う。 「いいじゃねぇか、それはそれで。ついでに、恵山の硫黄も売ればかなり儲かるはずだ。でな、次に問題になるのは気象だ。その辺、郁や俺みたいな科学教育と海軍教育を受けていれば、もはや常識といえる教養だ。北海道で函館に測候所を作って試した。同じものを近所に作ればこれも問題なしだ」 郁は口をつぐんでいる。ビールを一口含みカマが続ける。 「最後の農法や種苗は、それこそ、幕府の金でヨーロッパの農業先進地域をたくさんみているんだ。あそこの農場なら服の繊維を作る麻なんかよさそうだぜ。メリケン人になぞ頼らなくても、優れた農場ができること間違いなしだ。これを広げれば農業立国ができる。500万人が住む島ができるぞ。」 郁が口を開く。 「それはそうかもしれないが、そんな先端的手法をやるにせよ担い手は十分じゃない。夢物語になってしまうだろう」 カマがケタケタと笑いながら言う。 「そりゃ、おめぇんとこの学校がやる仕事じゃねぇかよ。あ、おめぇん所は閉鎖か。おめぇができねぇなら俺がやる。なんにせよ、農業好適地はすさまじくたくさんあるぞ。お前もどうせ飛ばされるんだ。蝦夷地一周してこいよ。」 郁がぐっとビールを飲み干し、言う。 「そうだな。一周するのも悪くないな。とはいえ仮学校も閉鎖になったし、蝦夷地では何をやらされることやら。」 カマが言う。 「お勤めはお勤めとして、ぐるっと一周してみろ。鉱物が山のようにあって、農業好適地が広大にある。今まであった海産物だって、缶詰やら肝油製造みたいに、もう一加工すればさらに儲かる。ここが富の源泉にならないわけが無い。そういう意味では、この蝦夷地を列強に渡さなかっただけでも、俺たちの戦いに意味はあったのかもな。」 カマは黙ってビールを飲み干し、新しいビールを頼み乾杯をするようにジョッキをかかげる。郁もカップを掲げて応える。この作品はフィクションであり、実在するいかなるものとも関係はありません
舟橋正浩
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