うきうきして候-蝦夷地開墾事始異聞-(8)/2006-07-30 |
しばらく沈黙の後、カマが口を開いた。 「でも、せっかく確保した蝦夷地なのに、今の移民どもはひどいな。あんなのを送り込んでいるようじゃ、先は知れるぞ。家はろくなもんを立てないし、仕事はしないし。で、支給米だけただ食って、博打ばかりだ。判官どもが四苦八苦。蝦夷地の可能性が泣くってもんだ。」 そう言いつつ、カマが苦笑いする。 「そうは言うが、移民を募ったところで、改革期の今、優秀な人材は日の本全体で必要なのだから、なかなか蝦夷に行くという話にはならないだろうさ。だから屯田移民も始めたんだろう。」 郁が冷静に答える。 「まだ始まったばかりで屯田移民の力量はわからんが、今まで来ていたような連中だったら、アイノのほうがよっぽど働く。ロシアがアイノを手懐けたら、あんな支配、簡単にひっくり返るぞ。屯田とか言って強制的に和人を連れてきて働かせるより、アイノや、多くはないとはいえちゃんと移住して働いている連中の待遇をちゃんとしてやらないと。」 カマが郁にいう。 「よっぽどひどい物言いだけど、今までの移民の中にだって武士なんかもいるんだし、そこまで酷くもならないとは思うのだが。」 郁は反論する。 「あんなんじゃ、武士だか乞食だか良く分からんぜ。実態は酷いもんさ。奴らが立てるような掘っ立て小屋じゃ、蝦夷地がどんなに良い土地だって、みんな凍えて死んじまう。ヨーロッパみたいにチャンとした家建ててやらんとさ。」 カマは渋面を作って応える。 「そのための予算やら支度金は持たせているはずじゃないか」 少し驚いて郁は言う。 「そうは行かないのさ。少しでも楽に、故郷に錦を飾ることばかり考えて、開墾に身を入れてない奴が結構いるんだ。例えば、家をたてる補助金が夫婦であれば出ると分れば、カネで女を連れてきて偽のカミさんでっち上げて、申請に来る始末。後はカネもってドロンさ。一時が万事、様々な補助金を騙し取るためならなんでもするという世界さ。大判官なんざ、その姑息さに逆上しちまって、御用火事とか大騒ぎして、ちったぁ開けてきた札幌を、みんな燃やしちまった。」 軽く空笑いをして、カマが答えた。 「そいつはひどいなぁ。そこまでさせるほうさせるほうだが、するほうするほうだ。恐ろしくて住めないじゃないか」 今度は郁が渋面を作って答えた。 「いや、でも俺はその話を聞いたときに思ったぜ。そこまでして蝦夷地で生き残ろうって意志のない奴はむしろ出てってもらったほうがいいんじゃないかって。そう思えば、あの判官は正しいよ。」 カマが平然と言う。郁はさすがに驚いた。 「それはいささか乱暴じゃないか。人間、望郷の念というものがあるだろう」 郁は、声を少し荒げて言った。カマが平然と話を続ける。 「その望郷の念という奴さ。そもそも、あいつらの故郷はあの蝦夷地になるわけじゃないか。帰ったって住む所はもうないはずだ。かの大名どもだって国替えすれば故郷は変わった。下級武士やら乞食なら言わずもがなだ。その上、開拓使のある札幌の付近の連中は、役人が欲しいもの配るのが当たり前と思い込んで、甘やかされすぎなんだよ。困ったときには、何でも役所が何とかしてくれると思い込んでやがる。あんなのは開拓の民人じゃない。」この作品はフィクションであり、実在するいかなるものとも関係はありません
舟橋正浩
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