郁は冷静に答える。 「とはいえ、未開の地だ。少しは脱落するのは止むを得ないんじゃないのか。」 釜はビールで口を潤してから一気に言う。 「オレはそうは思わん。しかも、脱落者は少しどころじゃないぞ。あるもので生きるという意志が薄いんだ。奴ら、あれがないこれがないと騒ぐばかりだ。食い物だって、半端物の昆布食ったって、鹿食ったっていいだろう。というか鹿肉はメリケン人にはご馳走みたいだけどな。それに、麦だって作ってる。気合のある連中は、アメリカ人の目を盗んで、内陸でだって米までちゃんと作ってるんだ。そこまでしているんだから、あとは、不味けりゃウマく食う工夫をすればいいんだ。」 それでも郁は冷静に話す。 「そうは言うがな、なかなか、生活の習慣はかわらんだろう」 カマは少し熱くなって話す。 「そんなオオゴトじゃない。ちょいとした工夫でいいんだ。例えば、蝦夷地の米がパサパサして不味いなら、新しく興した酪農で取れたバターをなんかをチョチョイとつけてやればいいのさ。あるものを上手に使うこった。」 かなり不審げに、郁が聞いた。 「なんか異様な食い方だな。それはうまいのか?そもそも、お前は蝦夷地でやってみたのか?」 カマが得意げに答える。 「ああ、やってみた。うまかったよ。醤油なんかをたらすと絶品だ。そうだな、オランダで食ったピラフを簡単にしたみたいなもんだ。とにもかくにも、あるもの、採れるものだけで何とかする工夫だよ。蝦夷地に住んでいるのに日の本や外国から買うことばかり考えていたら、きりがない。輸出を増やすことばかり考えないで、まずは輸入を減らす努力が必要さ。」 郁は納得した表情で、しみじみと言う。 「そういう、確固たる意志が今度現地につくる学校で育てばいいな」 カマが応える。 「そうだな。開拓使で無理そうなら自分で学校を作るまでよ。そのときは郁も協力してくれ。」 郁が聞く 「ところでさ、カマさん戻ってきて次は何するんだい?玄蕃から聞いたけど、実業を起こすとか何とか。それとも、早速、学校でも作るのか?」 「いや、そうしたいのは山々だけど、黒田の話だと、次は蝦夷地を守るためにシナとロシアと外交役とされちまいそうだ」 「それでいいのか?」 「どんな禄でもろくは禄だ。一度食んじまうとやめるにやめれん。不便なもんだ」 会話はだらだらと続く。カマは「何であれ、とにかく帰ってきたんだ。久しぶりに家族とゆったりと過ごせるるひと時も悪くない」と思いつつ。 完 この作品はフィクションであり、実在するいかなるものとも関係はありません
舟橋正浩
|